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韓流スターも参拝!総理大臣を次々と輩出した、出世開運の神社「高麗神社」

皆さん、こんにちは。パワースポット好きライターの栗山 玲です。

今回は出世開運の神社として有名な、埼玉県日高市の高麗(こま)神社をご紹介します。まずは高麗神社の見所をまとめた動画をご覧ください。

高麗神社は朝鮮半島と縁が深いため、韓国からもたくさんの方々が参拝に訪れています。

高麗神社が出世開運の神社として知られるようになったのは、参拝した政治家が次々と総理大臣に出世したためです。

こちらを参拝したという若槻礼次郎、濱口雄幸(おさち)、斎藤實(まこと)、平沼騏一郎(きいちろう)、小磯国昭、鳩山一郎の6名は、大正時代から昭和にかけて総理大臣として活躍しました。

韓流スターや日本の著名人、さらに天皇皇后両陛下もご参拝

高麗神社を参拝した著名人は、歴代総理大臣だけではありません。平成に入ってからも、著名な方たちが次々と訪れていて、その中には、韓流スターも含まれています。
これまでに訪れたのは、ソ・ガンジュンさんら5urprise(サプライズ)のメンバー、イ・スヒョクさん、チョ・ヒョンジェさんら。人気スターの来場に、日本のファンの皆さんも熱狂しました。

2017年頃からは、韓国のモデルさん風のメイクが若い女性の間で人気を博すなど、韓国のポップカルチャーが浸透しています。そんな中、高麗神社を韓流ドラマの聖地と呼んでいる人もいるほどです。

さらに、2017年には天皇・皇后両陛下が、私的なご旅行で、高麗神社をご参拝されました。天皇陛下のご参拝は、韓国でも報道されたそうです。

このように、国内外の多くの方々を惹きつけ、注目を集めている高麗神社。その由来を辿ると、雄大なロマンを感じさせる歴史が浮かび上がってきます。

神社創建の背景には、古代の日本と大陸を巡る歴史ロマンが……。

古くから日本には、朝鮮半島からさまざまな文化・技術がもたらされています。例えば紙漉き(かみすき)や養蚕、機織り、稲作、鍛鉄(たんてつ)、漢字、そして仏教などで、いずれも日本に浸透していきました。

歴史をさかのぼり7世紀頃のこと。朝鮮半島には、高句麗(こうくり)・新羅(しらぎ)・百済(くだら)の3つの国がありました。日本は倭と呼ばれており、中国は唐の時代を迎えていました。

660年、唐と新羅の連合軍により、百済が滅亡。663年に倭から百済救済の軍が送られましたが、撃退されてしまいました。これを白村江(はくすきのえ)の戦いと呼びます。

高句麗では、おそらく倭へ援軍を要請するため、666年に、若光(じゃっこう)を使節として送りました。しかし、高句麗は唐と新羅によって、668年に滅ぼされてしまったのです。

祖国を失った若光は、その後、大和朝廷、「従五位下(じゅごいげ)」まで出世を果たし、703年には王(こきし)の姓(かばね)を授かりました。

若光は、武蔵国でまだ未開であった地を開拓し、人が生活できる村を作りました。東国各地から1,799人の人々が集まり、奈良時代の霊亀2年(716年)に高麗郡が建郡。若光王は高麗郡初代郡長となりました。

若光が亡くなったあと、郡民たちがその遺徳を偲んで、一社を創設しました。これが高麗神社のもとになっています。

当代の高麗文康宮司は、若光から数えて60代目のご子孫。これだけ長く続いている家系は珍しいため、高麗神社は子孫繁栄の御利益もあると言われています。

高麗神社のご祭神は、主祭神である高麗王若光のほか、猿田彦命(さるたひこのみこと)、武内宿禰命(たけうちのすくねのみこと)です。末社として水天宮があり、安徳天皇も祀られています。

李王垠殿下と同妃方子女王殿下御手植えの樹木も

高麗神社の一の鳥居をくぐると、石でできた一対のトーテムポールが出迎えてくれます。これは「将軍標」(チャングンピョ/チャンスン)と呼ばれ、朝鮮半島では魔除けとして村の入り口などに立っています。どこか、エキゾチックな感じがしますね。

二の鳥居をくぐると、手水舎があります。ここの手水舎は、周辺の山からひいた水が流れています。

参道脇には、李王垠(り・ぎん/イ・ウン)殿下と同妃方子(まさこ/バンジャ)女王殿下御手植えの杉の樹が植えられていますので、ぜひチェックしてみてください。

方子女王殿下は、梨本宮家のご出身。1920年(大正9年)に、大韓帝国最後の皇太子であった垠殿下のもとに嫁がれました。

毎月5のつく日は水天宮で、心身の浄化をはかることも

ご社殿の階段の手前には、水天宮遥拝所があります。江戸時代に人形町の水天宮御分霊を勧請されたもので、安産・子育て・病気平癒・水難除けなどの御神徳があるそう。水天宮は遥拝所そばの山道を登り切った所に祀られていますが、登れない時は、遥拝所でお参りすることもできます。

高麗神社では毎月5のつく日は縁日で、札場で洗心紙が頒布されています。「祓へ給へ 清め給へ」という文字が書かれている紙を筆でなぞり、その言葉をお唱えしながら、桶の水によって溶かすことにより、心身の浄化をはかるというものです。

縁日には水天宮鈴守・水天宮お守り・御朱印も頒布しています。

※なお、2018年8月末までは工事中のため、山頂まで登ることができません。また閉山期間(12月26日~2月4日)は授与が停止されます。

悠久の歴史を刻む神社で、心静かにお祈りを

階段を登ってご社殿に向かうと、扁額に「高麗神社」の文字が刻まれています。よく見ると「高」と「麗」の間に小さく「句」の文字が入り「高句麗神社」となっています。

高句麗滅亡後、10~14世紀に高麗(こうらい)という、高句麗とは別の国が朝鮮半島にありました。高麗神社と縁がある国は高句麗のほうなので、「句」という字が書かれているそうです。

ご社殿は2016年に、建郡1300年を記念して新たに下拝殿部分をご造営しました。緑の山に抱かれた赤銅色の屋根がとてもきれいで、お参りすると心が落ち着いてきます。ここを訪れ出世された数々の著名人を思い浮かべ参拝すれば、自分自身の出世の道が開けそうです。

2016年の建郡1300年記念行事には、高円宮妃久子妃殿下をはじめとするご来賓が大勢訪れました。

境内には1300年を記念して創作されたキャラクター「トライくん」、「ミライちゃん」、「ナビにゃん」の看板が掲げられています。

将軍標や三足烏などの高麗神社ならではのお守りや、月替わりで楽しめる御朱印

出典:高麗神社

出典:高麗神社

参集殿には、お守りや絵馬、おみくじのコーナーがあります。その中には、力強そうな将軍標の絵が描かれた、団扇・お守り・絵馬などもあります。

個人的におすすめなのは、三足烏(さんそくからす)のお守り。三足の烏といえば、日本の八咫烏(やたがらす)が知られていますが、高句麗でも太陽に住む霊鳥として崇められています。これは高句麗の王様の冠の文様をデザインしたそう。黒地に金の刺繍が美しく、かっこいいお守りですね。

高麗神社の御朱印は月ごとにデザインが変わり、全部で14種類。境内に咲く四季折々の花がモチーフです。全部集めると、記念の印を捺していただけるので、ぜひ集めてみてはいかがでしょうか?

国指定重要文化財・藁ぶき屋根の「高麗家住宅」

参集殿から階段を降り、裏手にまわってみましょう。昔話に出てきそうな、趣のある、藁ぶき屋根の古民家が現れました。

「高麗家住宅」で、400年前の江戸時代初期から昭和にかけて、住宅として使われていました。現在は国の重要文化財に指定されています。

普段は中に上がることができませんが、イベントの時に見学できる場合もあります。庭にはしだれ桜や梅の樹が植えられていて、趣があります。

若光王のように、人を惹きつける力をアップしたい時にお参りを

境内には樹齢300年の彼岸桜の御神木のほか、檜(ひのき)、楠(くすのき)、さらに韓国の国花でもあるムクゲなども植えられており、自然の恵みに溢れています。

高麗神社が出世開運に御利益があるとされているのは、若光王のように魅力的な人物になり、人々とご縁を結んで、豊かな人間関係を築きたいという願いに応えてくれる神社だからなのではないでしょうか。

さらに高麗神社は、国際平和と友好を願う人々にとっても、心の拠り所となる神社であると言えます。

年間を通じて行事も多数。近隣には曼殊沙華で有名な巾着田も

同神社では、年間を通じてさまざまなイベントが行われています。

2018年9月には天皇皇后両陛下行幸啓一周年記念写真展示会、古代装束絵巻、観月祭、神楽乃朋友演舞・蛇喜猫賀(じゃきびょうが)演奏などが開催されます。

出典:高麗神社

古代装束絵巻は、古代朝鮮半島の衣装を来た人々によるパレードで、さながら韓国歴史ドラマの一コマのよう。衣装の華やかさから「虹のパレード」と呼ばれています。

出典:日高市産業振興課

近隣には、高句麗ゆかりの聖天院というお寺や、巾着田という田んぼもあります。巾着田は日本有数の曼殊沙華の名所として有名ですが、四季を通じて、美しい自然を楽しむことができます。

高麗神社を訪れる際には、合わせてご覧になってみてはいかがでしょうか。

高麗神社

住所:〒350-1243埼玉県日高市新堀833
TEL:042-989-1403
※昇殿祈願、授与所・御朱印 開所時間:8時30分~17時
http://www.komajinja.or.jp/
<最寄り駅>
西武池袋線 高麗駅から徒歩約50分
JR川越線 高麗川駅から徒歩約20分
西武池袋線 高麗駅から国際興業バス「高麗川駅・国際医療センター経由埼玉医大」行き バス停「栗坪」から徒歩約15分
<マップ>
https://goo.gl/maps/DHsVbLXKvht

写真撮影:熊蔵(くまぞう)
※ただし「将軍標うちわ」、「絵馬」、「古代装束絵巻」の写真は高麗神社提供、「巾着田曼殊沙華」の写真は日高市産業振興課提供

 

栗山 玲:プロフィール

東京生まれ、埼玉県育ち。埼玉県在住。美術大学卒業後、17年間、埼玉県内で新聞の編集に携わる。その間、心理学も学ぶ。2009年頃から、スピリチュアル、パワースポット&神社仏閣巡りに興味を持つようになる。現在は、フリーランスのライター・編集者として活躍している。趣味は美術鑑賞・読書・自然観察・地域文化探訪・俳句・折り紙など。